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教育って何だろう

教育って何だろう?

糖尿病って聞くと、専門の医療従事者(お医者さんも看護婦さんも栄養士さんも運動療法士もスペシャリストはみーんな)は口々に教育が大事って言うよね。

だから自分の施設では教育に力をいれてますって。糖尿病教室と銘打ってたくさんの患者さんに食事療法や運動療法のこととか、合併症の恐さとか教えている。
糖尿病教室に参加させて、「はい。教育しました!」って。

でも「教育」って言葉はそれで終わりかな?
教育の目標って何だろう?何をすれば教育なのかな?

教育の目標はみな同じ?

教育って言葉は学校で良く聞くよね。

教育というのは生徒がある設定された目標に達するのを援助することだと思う。
学校では社会で自立していける知識・技量・社会性の習得を目標とするし、塾ではある学校に合格する知識・技量の習得を目標とする。

大事な点は個々に目標のレベルが異なる点だ。
みんなが机に何時間も座っていられるわけではない。
ましてやみんなが東大に入れる訳ではない。
もしみんなが東大に入学することを人生の目標にしたら人生そのものを諦めければならないひとがでてくるよ。

だって、そうでしょう?個人個人には能力に差があるのだから。
目標を達成できるひとも、まったく出来ないひともいるよ。

最近学業至上主義になっていわゆる「落ちこぼれ」「ドロップアウト」が増加したのは、みんなが学校のいや、人生の目標を一律に「良い学校にはいる」にしてしまったからじゃないかな?

糖尿病におけるセルフケアの目標もみな同じ?

では、糖尿病教育の目標はどうだろう?

そう。
「合併症にならないようにセルフケア(自分で療養生活を送ること)をするようになる」のが目標だね。
そのために教育してるんだもんね。
でもそれってどの患者さんも容易にできることなのかな?

違うよね。ある人は楽々達成できるし、別の人は何度やろうとしてもできない。
そのことは実際の臨床の場でみなが嫌と言うほど経験してるよね。
なのにどの患者さんにも「目指せ!HbA1c 6.5%」ていってるよね。変じゃない?

何回も同じこといってるうちにいつの間にかその患者さん来なくなってない?
それ「ドロップアウト」っていうんだよ。

患者さんが諦めちゃって投げ出した状態。学校なら登校拒否だね。どこかで教育方法がおかしいんじゃないかしら?

医学的モデルと教育学的モデル(1)

確かに医学的知識は重要で、これがなければ患者さんは治療の必要性さえ感じない。
でも知識だけ与えても何故治療行動をとる事が必要なのかがうまく動機づけられなければ患者さんは治療行動をとらないであろう。
これでは教育したことにはならない。

医学的モデルと教育学的モデルは糖尿病教育の両輪であると私の恩師松岡健平先生はおっしゃっている。
でもほとんどのひとが医学的モデルしか知らないとも。

私はこのホームページを通じて糖尿病教育に携わる人と患者さんに糖尿病教育を含めて「教育」には教育学的モデルが存在することを伝えたい。
そして現在幅を利かせている、受験戦争のように結果主義になっている、教える側主体の指導ではなくて、教育理論というものを基礎に、結果よりプロセスを大事にする、患者さん主体の指導が存在することをみんなに伝えたい。

一部の先生はきっとそのような患者さん主体の指導をしたら、患者は楽な方に逃げて合併症は増えるだろうという。

でも、そうだろうか?確かにまだ日本ではそんなことの科学的実証はこれからだ。
欧米で理論展開されているものをそのまま日本に持ち込んでも日本人に合うかどうかは判らない。
でも例え実証されていなくても私は患者が本音を言わず、外来に来てもお互いの主張が平行線になっている外来よりはましだと思う。

医学的モデルと教育学的モデル(2)

教育学的モデルとは、教育学の知識を実際に応用することです。

医学的モデルが診断や治療をおこなうのに医学の知識を応用し 実践するのと同じように、糖尿病という状態の中で教育学や心理学、 社会学を実践することが、医療における「教育学的モデル」です。

皆さんは医学モデルについては医学の専門教育のなかで多くを習ったことと思いますが、教育モデルに関してはきっとあまり習っていないでしょう?

この二つのモデルを垣間見る実例を挙げてみましょう。

医学的モデルと教育学的モデル(3)

ある日本人の一家の子供が米国で1型糖尿病を発症し、米国の医師にかかりました。

数回の面接の結果、その医師はその子供に朝からコーンフレークとミルクばかりをとらせるよう指示しました。
そのような指示になった理由はその子供がそれを望んだからでした。

数ヶ月後、その子供の血糖値はかなり良くなりました。

やがて父親の長期出張も終わり、日本に帰国したその子供は、日本で糖尿病専門医に診てもらうことになりました。

ところが米国でやっていた食事療法を聞いたその主治医は驚いて、米国でのやり方を止めさせ、日本の食品交換表に則した食事指導を栄養士に行わせ、できるだけ厳密に守るよう指示しました。

医学的モデルと教育学的モデル(4)

ここに教育モデルと医学モデルの考え方を見ることができます。
米国医師は、子ども個人の主張を権利として認め、子供が自分の好きなものの中でより守りやすい方法を与えたのです。
つまり教育学的に配慮した先生です。

しかし他方で、その医師の指示はそんなに厳密ではなく、結果的には栄養学的な問題は生じませんでしたが、あまり栄養学的な知識に則った方法ではないため、長期間続けていく内に栄養不良になったかもしれません。

つまり医学的モデルとしてはあまり配慮がなされていないことになります。
一方、日本の医師は医学的モデルに忠実でしたが、子どもの受容度や自己管理能力が低く、食品交換表など守ろうとするつもりがない時には、ドロップアウトする可能性が高くなります。
つまり教育学的モデルにはあまり配慮がなされていないことになります。

このようにどちらのモデルも極端になってしまうとバランスの悪い指導になります。

ですから患者指導をする時は、常に両者を念頭に置きながら治療を継続しなければならないのでりません。

医学的モデルと教育学的モデル(5)

知識がないから動機づけられないのか、動機づけられないから知識を得ようとしないのか、卵と鶏の関係にります。

ただ、言えることは、動機づけられていない患者には療養指導の効果が上がらないことは確かです。

このように患者の心理面、社会面を考慮し、医学的な内容を患者の「受け入れ準備」を判断して、糖尿病自己管理の指導を段階的に進める、これが動機づけを重視した教育学的モデルの応用です。

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